千葉県浦安市。夢の国からほど近くに住む鈴木夫妻は結婚7年目。平日の朝、リモートワークの合間を縫ってインタビューに答えてくれた旦那さんと、現在は育児の傍らパートタイム勤務中の奥さんの間に、2歳半のたかしくんがひょこひょこと顔を出す。
実は家族が住むこの浦安市は、奥さんの生まれ育った街でもある。実家からは徒歩数分。苦しかった不妊治療の果てに、いま夫妻は育児に追われながらも、3人の生活を楽しんでいる。
※この記事の記載内容は個人の経験や記憶に基づいた意見であり、女性からだ情報局がその正確性を保証するものではありません。
※登場する人名はいずれも仮名です。また、年齢は取材当時のものです(2022年12月取材)。
まさか自分が他人事だった不妊治療
– ご結婚される前から、不妊治療について考える機会はありましたか?
鈴木マリコさん(奥さん)
同世代で不妊治療をしている人の話も耳に挟んだりはしていたので、「自分も将来妊活するなら、不妊治療することもあるのかな?」くらいにイメージしたことはありました。
でも、漠然と可能性を考えていたくらいで、まさか自分がとは思っていなかったです。誰だって自分の体に異常があるなんて思わないですよね。
– 妊活を開始された年齢と、不妊治療を意識しはじめた経緯について教えてください。
鈴木マリコさん(奥さん)
私は2016年、31歳で結婚しました。結婚式を挙げるまでは、妊娠してしまうと色々な予定が再調整になってしまうので避妊をしていました。本格的に妊活に取り組んだのは結婚式後、31歳の終わりごろくらいです。
妊活を始めてしばらく経っても妊娠しなくて、そこで不妊治療を考え始めました。
クリニックで不妊を相談し始めたのが32歳の終わりくらいです。不妊治療中に色々と調べてみたら、不妊の定義は「1年以上」とか「2年以上」とか書いてあることが多かったんですが、私は妊活を始めて1年も経たないうちにクリニックに行き始めたので、心配性と言えるかもしれません。
がん検診を受けていた婦人科で、スムーズに開始
– 不妊治療の最初のクリニックはどのように選びましたか?
鈴木マリコさん(奥さん)
私の場合、もともと子宮がん検診で家の近くの婦人科(浦安市の婦人科A)に通っていたので、そこでやんわりと相談することから始めました。なので「選んだ」ということはなく、流れの中でという感じですね。
最初の婦人科ではタイミング法をやりましたが、半年通いましたが妊娠しませんでした。
– クリニックは途中で変えましたか?
鈴木マリコさん(奥さん)
はい、最初のクリニックで半年経ってもタイミング法で結果が出なかったので、婦人科じゃダメだと思って専門の不妊専門外来を紹介してもらいました。そこが同じ浦安市内にあるBというクリニックです。
Bには半年以上通いました。Aでは使わなかった排卵誘発剤も使い始めたし、人工授精までステップアップしました。一般婦人科から不妊専門外来になったので期待しましたが、ここでも結果には結び付きませんでした。
いま思い返すとこのクリニックはひどい点がたくさんあったなと思います。
担当医の発言は「患者に寄り添っている」からはほど遠いものがありましたし、会計の際に受付の人が、その日治療した内容と金額を待合室にいる人にも聞こえてしまうような大きさの声で案内するなど、配慮が足りなさすぎるとことが多かったように感じました。
気にならない人は良いのかもしれませんが、やっぱりこういう点にクリニックの姿勢って現れるのだろうと私は考えてしまうので。
1年以上結果が出ず、メンタルが不安定に
– クリニックBは地域では著名ですが、編集部でも悪い評判をよく耳にします。
鈴木マリコさん(奥さん)
最初は治療がこんなに長引くとも、お金がかかるとも思っていなかったので、素直に紹介されたクリニックに行っていました。クリニックを「選ぶ」ということをきちんとやっていなかったんです。
でも、不妊治療って結果が出ないとどんどん精神状態が追い詰められてくるんです。私も治療が長引くにつれて、ちょっとしたことで誰にでも噛みつくようになっていましたし、芸能人の妊娠報告のニュースを目にするたびに「マジで要らない!ふざけるなよ!」と思ったりもしていました。
治療に関係のないものならまだ良いのですが、先生のいうことを必要以上に盲信したり、逆に誰かに言われたポッと出の情報を信じてしまうこともありました。そして、信頼性の高いきちんとした情報があっても、盲信している内容と違ったら素直に信じられなかったりもします。
そういう意味で、冷静な判断ができるうちにもっといいクリニックを選んでいれば、と思うことはあります。
– クリニックBでも結果が出ず、その後はどうされましたか?
鈴木マリコさん(奥さん)
治療を続けるなら、本格的に治療をしながら仕事とも両立できるクリニックを探さなくてはいけないと思いました。当時私は派遣社員として働いていたのですが、上司の理解もあって両立できていたものの、人工授精以降は体のタイミングに合わせた通院が必要なため、仕事との調整がとても大変になります。
そこで、次のクリニックは失敗したくないと思い、今度は紹介ではなく自分で情報収集を始めました。
最初は精神的に不安定なこともあって、ネットで成功例のクチコミばかりを見ていた気がします。そのうち不妊治療の分野でも“有名クリニック”というのがいくつかあることがわかり、都内でも家からアクセスしやすい1つを選んでセミナーに行ってみたんです。
でも、登壇された先生の言っていることは専門的すぎて全然理解できないし、セミナーのほとんどが実績の話ばかりで、ずっと自慢話をされているような気分でした。
有名クリニックで半年以上…それでも妊娠できない
– 結局クリニックは変更したんでしょうか?
鈴木マリコさん(奥さん)
はい、クリニックBでそのまま続けることは考えられなかったので、結局のところセミナーに参加したクリニックCに通うことにしました。仕事との両立を考えるとアクセスの良さは大切だったし、セミナーは親切じゃなかったけれど、実績ある有名クリニックなら良いかなと思ったんです。
– クリニックCは全国的にも有名ですよね。いかがでしたか?
鈴木マリコさん(奥さん)
このクリニックにもおよそ半年通って人工授精を繰り返しました。それでも妊娠しませんでした。この時点で不妊治療を開始してから1年半、妊活を開始してから2年半くらい経っていましたから、かなり滅入ってしまいました。体外受精をやっていないとは言え、費用もそれなりにかかっています。
クリニックCは有名で実績あるクリニックでしたが、私たちには合わないなと感じていました。雰囲気や治療方針といった相性もあると思いますが、何よりクリニックCはとても費用が高かったんです。このまま長くは通えないと思いましたし、体外受精を視野に入れたとき、このクリニックでそのまま続ける選択肢は無いなと思いました。
1年半の期間をかけ、3つのクリニックを渡り歩きながらも、なかなか妊娠しなかった鈴木夫妻。有名クリニックでも妊娠できないという結果はメンタルにダメージを与え、経済的にもどんどん限界に近づいていきます。
夫妻はその後、どのように不妊治療の終わりを迎えたのか。後編へ続きます。
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